あなたに
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我が家の居間、電話の脇の花台には
二体の小さな仏様が鎮座ましましておられまして
その奥に、三方に載せられた
一見いともおごそかな物体がございます。
沈香のようにも見えますが、
大切にしている実家のお位牌です。
丹生谷の実家の道を隔てた向こう側は
亀甲山古墳群で知られる多摩川台公園、
桜の季節には昼下がりから
風がお酒の匂いを
我が家まで運んできたほど
花見客で賑わいます。
実家の庭の大きな染井吉野も
負けてはおらじと花枝を道にまで広げ
生垣にあふれんばかりに咲いた
雪柳の白と重なり合って、
花見客も足を止めるほど、
一幅の絵のような美しさで
咲き誇っていたものでした。
十六年前、父が亡くなり、
数年後、母は脳梗塞で倒れ、
奇跡的に治癒はしたものの
一軒家に母一人で住むには
何かと不自由もあって、
住み慣れた家を手放し、
母はマンションに引っ越しました。
栄枯盛衰は世の常、
数年後、近くを通りかかると
家は更地になって
再び売りに出されておりました。
建物は取り壊され、
庭は見る影もなくなり
それでも大きな桜の木は
何もなくなった空き地を見守るように
四方に枝を伸ばして立っていました。
買い手のつかぬまま時は過ぎ
ある日、お散歩がてら訪ねてみると
桜の木は無残にも倒され
屍となって地面に横たわっていたのです。
父の思い出、
若き日の思い出、
あれこれ詰まった懐かしい家。
今ははるか昔、桜の花の舞い散る中、
花びらを追って、
糸でつないで首飾りを作り、
幼かった娘と遊んだあの日は
もう帰ってこないけれど。
木の破片を持ち帰り
きれいにお清めして
金をまぶした紙で飾り、
三方に上げて、
実家の形見としております。
家族を見守っていてくれた桜の木が
これからも私を見守ってくれますように。
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京都で教室を開いたのは
2006年10月であったかと。
毎月の上洛もかれこれ
足掛け6年になります。
昨日の京都は小糠雨。
教室としてお借りしている
円山公園上のお宿吉水の
すぐ下にある梅苑で
音もなく降る春の雨に濡れて
天を目指して伸びた枝いっぱいに
こぼれんばかりに咲いた
紅・白・薄紅の彩りの梅の花の
なんと艶やかであったこと。
今日の授業は昼下がりから。
昨宵には雨も上がったことで
芳しい香を漂わせてくれるかしら。
君ならで誰にか見せむ梅の花
色をも香かをも知る人ぞ知る
紀友則
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どんよりと曇った空だけれど
湿り気を帯びた空気は肌に柔らかい。
ああ、これ。
ずっと待っていた春の匂い。
どこからか
ひよどりの鳴き声が聞こえる。
我が家の梅がようやく一輪
小さなつぼみをほころばせた朝。
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