私こと、幼少のみぎりには甘いものに全く関心がなく、好物はほうじ茶と品川巻、梅干と、かなり渋めの嗜好でございました。
姉や妹達が好んでいたチョコレートや生クリームたっぷりのケーキ類にも心惹かれず、特に小豆やらうぐいす豆やら、豆類を甘く煮るなど明白な違反行為、許しがたき食べものと思っておりました。
味覚は年齢と共に変化するようで、還暦間近の昨今では、上生菓子は「大」のつく好物、小豆餡も大好きで、御前汁粉のとろーっと熱い甘さ、懐中汁粉のちょっと間の抜けたふやけたような甘さなども、時折無性にほしくなります。
とは言え、北海道の方々には申し訳ないが、お赤飯が甘いとあってはやはり許しがたい。
昨夏不帰の客となられた大野晋先生は、日本語の起源が古代タミル語にあると提唱した孤高の国語学者として、著名でいらっしゃいますが。
その大野先生が、著書(こちら
やこちら
)に、タミル族に古くから伝わる一月十五日の行事について知った時の驚きについて書いていらっしゃいます。
先生が育たれた深川の家では、小正月には小豆粥にお砂糖をかけていただく習慣があったそうですが、同じ小正月の行事として、タミル族は赤米に豆を入れて炊いたお粥にお砂糖を入れるというのです。
宮中では平安の昔から、一月十五日を粥節供と呼んで、小豆やら大豆やらを入れて炊いたお粥を召し上がります。この行事については『枕草子』にも、それからずっと後に書かれた『とはずがたり』にも記述があります。
民俗学者の柳田邦男氏によれば、この風習が民間に伝わり、小正月に小豆粥を食べるようになったとか。中には「望の日」にいただく「もち粥」を取り違え、お餅の入ったお粥を食べる地方もあるとのこと。
お餅は勘違いとしても、お粥をお砂糖で甘くするのはどういう了見からでしょうか。かつてはお砂糖が贅沢品だったからには相違ないのですが。
さて、大野氏がさらに驚いたことには、タミルでは、お皿に盛ったこの赤いお粥を屋根に供え、大声でカラスを呼んで、お粥を捧げるそうですが、なんと青森にも同じ小正月に行う「カラス勧請」と呼ぶ、よく似た行事があるそうなのです。ここのところ、都合によりかなりはしょりますが、詳しくはぜひ先生の御著書をご覧くださいませ。
タミル族、大和民族に加え、朝鮮でもこの日、薬飯(ヤッパプ)と呼ばれるおこわを作り、カラスに捧げる行事があるそうで。この起源は新羅まで遡り、新羅の王様が命を救ってくれたカラスに感謝として捧げたので、黒いお米なのだとか。
後に大野氏はタミル語と朝鮮語との関連も見出し、タミル語が一方では朝鮮半島に、一方では日本列島に伝わったのではという仮説を立てていらっしゃいます。まことに興味深いことでございます。
さてさて、この薬飯なるもの、もち米に栗、棗、松の実を入れ、シナモンと黒砂糖、お醤油、ごま油で味つけするらしい。この健康志向的組み合わせに、文字通りと申しますか、食指が動きまして。
早速ネットで検索、作り方を調べると、こちらの頁に行き着き。創作意欲に火がつき、思い立ったが吉日、さっそく作ってみました。
本来どんな味なのか、本物をいただいたことがないのでわかりませんが、黒砂糖の尋常ならぬ量から察するに、お菓子の類に属するものなのでしょうか。
作り方は概ねこちらのレシピ通りですが、黒砂糖はこの量ではいかにも甘過ぎの感あり、お米の甘いのは許しがたきことゆえ、黒砂糖は五分の一ほどの量に減らしました。シナモンの香りははっきりした方がいいだろう、と思い切って三倍ほどの量に増やし。その他、具はすべてたっぷり、レシピより多めにいたしまして。栗はごろんごろん、松の実も惜しみなく、さらにレシピにはないくこの実も入れて、と。もち米だけでは垢抜けない味になると思い、もち米二合に対し、やずやの十六穀米を二袋入れました。あれれ、レシピとはかなり違うか。
スローライフ、スローフードを実践しております丹生谷は、電気炊飯器などという文明の利器は所有しておりません。ご飯は常より専用の土鍋で炊いております。よって薬飯も土鍋で炊くことに。黒砂糖が焦げやすいと思われますので、沸騰までは強火で景気よく、沸騰したらちょろちょろの弱火で炊きました。
レシピ通りとは言いながら、かなりでたらめ、味を想像しながら適当に作ってみた丹生谷流薬飯でしたが、いやはやおいしいこと!未体験領域の風味で、癖になるおいしさでございます。
という成り行きで、ここしばらく週に一度は、日本語の起源に思いを馳せながら、甘さ控えめの薬飯を炊いております。
滋養豊かな材料ばかりで、いかにも身体によさそうな薬飯ですが、なんだか最近、円熟した大人の女のまろみとでも申しましょうか、もともと丸い顔の顎の辺りが一層ふっくらとしてきたみたい。
秋も深まってまいりました。皆様はどうかお心を外に向け、甘いものなどにたぶらかされませぬよう、くれぐれも自重自戒あそばされませ。
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