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丹生谷真美のフィニッシングスクール

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2007年5月16日 (水)

垣間見王朝文学手前味噌講釈

人は片足だけで遠くまで跳ぶことはできません。右足、左足と交互に出すことで、少しずつ、でも確実に前に進むことができるのです。

知性と感性は、両の足。五感を通して素直に感じ、心に響くことを丁寧に読み解き、思いを言葉にしてみると、感じていたことが、より鮮やかに、きめ細やかに見えてきます。

右、左、とたゆまず進めていくことで、ようやく「教養」などと言う、おごそかにして遥かなるものに至る道を歩むことになるのではないでしょうか。

学びて思わざれば則ち罔(くら)し。
思いて学ばざれば則殆(あや)うし。

諸橋轍次著『中国古典名言事典』より

孔子ものたまわっておいでのことで。

之れを知るを之れを知ると為し、知らざるを知らずと為す。是れ知るなり。

なんて、これも論語、孔子のお言葉です。

かのソクラテス

彼は何も知らないのに、何かを知っていると信じており、私は何も知りもしないが、知っているとも思っていない。

久保勉訳『ソクラテスの弁明・クリトン』より

なんてことをおっしゃっていらしたようで。賢人のお言葉は奥が深うございます。

知らないからこそ知りたい。学ぶことは、自分がいかに何も知らないかを自覚するところから始まるのですね。

教えることは、また学ぶことでもあります。

聞きかじっただけ、読んだだけの「うけうり指南」なら、誰にでもできること。

「自分にできること、自分にしかできないこと」をみつめ、我がこととして経験し、感じ、考え、学び、知り得たことを、わかりやすい言葉で伝え、知性と感性を片足ずつ進めていくようにお教えしたい。丹生谷の「教育方針」と申し上げては、ご大層な響きではございますが。

ちなみに「うけうり指南」は、小山観翁著『古典芸能うけうり指南』のタイトルから拝借。歌舞伎イヤホンガイドの解説者として、歌舞伎好きにはお馴染みの小山観翁氏は、江戸勘亭流書道の家元でもいらっしゃいます。著書も多数あり。

氾濫する情報を入手するもたやすくあれば、知的財産権やら著作権やらが云々されるほど、うけうりの知ったかぶりに陥りやすいご時世に、「うけうり指南」だなんて心にもないことを、さらりとおっしゃるところなんぞは、さすが、粋でいらっしゃいますこと。

古典芸能はさておき。古典文学のお話をしばし。

P33_2 (画像は京都、風俗博物館より)

ひと度足を踏み入れれば、もはや引き返そうなど思いもよらぬこと、古典の面白さに夢中になること疑いなしの、丹生谷の【垣間見王朝文学】講座なのですが。

マニアック過ぎるせいかしら、これまでにこの講座を受けられた門下生の数は、片手で数えきって、なお指が余ります。

かような状況のもと、自画自賛の意図はさらさらあらねど、以下、手前味噌の広報活動と思し召されたら、ごめんあそばせ。

丹生谷の講座はどれも、真髄を解いて、本質に至る方程式を見出し、それを立体的にお見せする方式、よそではあり得ない、「自分にできること、自分にしかできないこと」を目指す丹生谷の生き方そのもの、とこれは門下生にはご納得いただけることのはずにて候えど。

始まったばかりの【垣間見王朝文学】新クラス、受講生はお二方なれど、今回の主題は『枕草子』とあって、自称前世清少納言の丹生谷としては、気合が入らない訳がない。

積み上げられた座右の書のひとつ、『枕草子』、こたびは「春はあけぼの」から、一語一語を丁寧に味わいながら、読み始めてみました。

いやはや、面白い。萩谷朴氏の校注、今さらながらまことに奥深い。

この方のしつこいまでの問題意識と緻密なる分析能力、卓越した論理的思考力、何よりも学識の豊かさ、幅の広さと奥の深さ。もう感佩(かんぱい)、感服、完璧。ここでもまた、さても羨ましきは明晰なる頭脳かと。

旧聞にておそれいりますが、橋本治氏が『桃尻語訳枕草子』の執筆にあたって、萩谷朴氏校注の『枕草子』を底本としたことで、印税の一部を萩谷氏に支払われたという曰くつきの『枕草子』がこれ。「新潮日本古典文学集成」版です。両氏それぞれの「考えること」「書くこと」に向かう姿勢、あっぱれではありませんか。

ちなみに「あっぱれ」は「あはれ」を強調した語。「かっぽれ」とは無関係です。戯れ言なれば聞き流すべし。

『枕草子』を読み終えしのちは、参考文献として『大鏡』『栄花物語』『紫式部日記』を読み返し、さらに『類聚雑要抄指図巻』の重い頁を繰り、おまけに『源氏物語 六条院の生活』など眺めておりましたら、いよいよ怪しくも物狂おしい気分に突入。

ちょっと垣間見のつもりが、右足左足どころか、頭のてっぺんまで、『枕草子』にどっぷり浸っているここ数日。

問われもせで講釈するは甚だ無粋な振る舞いなれど、【垣間見王朝文学】という講座名は、「真美流垣間見」という洒落を隠しておりまする。ここからしてマニアックかしら。

ややや、高島俊男氏のお言葉を『漢字と日本人』より引用するならば、平安女流文学並みに「牛のよだれのごとく」「だらだらと書きつらね」た文章になってしまいました。浸りきっている証と、どうぞお許しを。

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