上洛記
ご報告が遅くなりましたが、フィニッシングスクール@京都教室の第二期も、この四月、つつがなく開講いたしました。(ご興味をお持ちの方はこちらまで、お気軽にお問い合わせくださいませ。)
月ごとの上洛もかれこれ二年半になります。
以下、上洛記でございます。
三月二十六日の京都は日帰り。染井吉野がすでに咲き初めておりました頃。
朝早く家を出ると、花冷えと申しましょうか。ぶるっ、寒い。
新横浜に向かう途中、菊名駅のホームで白いものがちらほら目の前を舞っています。一瞬、前を歩く中年男性のふけかと誤解したけれど、失礼いたしました、まさかこの時季に雪が舞おうとは。寒いはずです。
新横浜の新幹線ホームでも雪がはらはらと舞って、厚着をしてこなかった自分がうらめしい。
京都着。円山公園に向かうタクシーの窓から眺めた七条から五条までの河原沿いは、枝垂れ桜がなんとすでに七部咲き。今年は開花が東京より早かったそうです。五条から先はまだまだつぼみが固い。この寒さに出遅れた感あり。
しかし寒い、寒い。春分を過ぎてなお、底冷えの京都です。祇園でタクシーを降りて、薬局でホカロンを購入いたしました。腰と足の裏に貼って、ようやく人心地がつきました。ありがたや。
八坂神社から円山公園を抜け、弁天堂のさらに上、教室として使わせていただく京都吉水まで歩いて向かう途中、かの枝垂れ桜はすでに三部咲き、そこここで、開きかけたつぼみが凍えそうに縮んでいます。
いやはや、四月も近いと言うのにこの寒さ、そして、この寒さというのに、ひと足先にお花見ができるとは、なんとも稀有なこと。我が身の果報なることを改めて感謝いたしました。この日、晴れて基礎講座を終え、四月から上級講座に進まれる舞鶴御前にも感謝でございます。
四月九日も日帰りで京都。
どこもかしこも桜、さくら、サクラ、この春のお花見を締めくくるには最高の日和です。
朝十時から午後四時まで授業とあって、ゆっくりお花見を愉しむことは叶いませんでしたが、二週間前に咲き初めた桜が、光のどけき春の陽気に、静心なく舞い散る様子をガラス越しに眺め、鶯の歌声を聴きながらの授業となりました。極楽、極楽。
しかもこの夜は小望月。帰路は駅からの道のりをタクシーに乗るのも惜しく、田園調布駅から我が庵まで、月を愛でながら歩いて帰りました。
そして、五月。八日金曜日から京都で一泊。
一日目は肌寒く、曇時々晴れ間、時々ぱらぱらと小雨。
この日は受講生一名のみの上級講座。京都吉水での授業は、すっかり歌い慣れた鶯の美声をBGMに、風が運んでくる樹木の清々しい香りに包まれて。時折射す陽の光はきらきらとガラスの破片を散らしたよう。至福の四時間でした。
授業の後、所用あって平安神宮へ。
睡蓮や鯉の分けゆく花二つ 松本たかし
夕餉は三十三間堂前のわらじやで。ここのう鍋う雑炊は丹生谷の好物のひとつで、半年に一度はいただいております。口福。
しかも夜、空には十六夜の月がおぼろに霞んで、すでに初夏とはいえ、右大臣の六の君を真似て口ずさみたい気分です。
春の夜の朧月夜にしくものぞなき
かような眼福にまであずかるとは、もったいないことでございます。
翌日の気温は一気に二十九度まで上昇。洛中は完璧夏日でした。
朝、山崎までゆるゆると参じ、国宝茶室「待庵」を見学。その後、真夏さながらの強い紫外線を浴びながら、午後の授業までの時間を、古門前町新門前町辺りをぶらぶら、骨董屋さんを冷やかし歩いて過ごしました。
基礎講座は受講生三名。引き続き、京都吉水にて。
薄曇りの下の新緑も、雨にぬれた木の葉も、それぞれに美しいけれど、まぶしい光に包まれた青葉若葉の美しさには勢いがあります。
さわさわと揺れる梢の間から漏れる光のみずみずしさ。こんな光の中で教えることの贅沢に感謝、です。そして、もちろん、ここまでわざわざおいでくださる京都教室門下生にも感謝、感謝、です。
六月は十二日、十三日と一泊の予定。今からわくわくしております。
« 歴史を振り返る | トップページ | 旅のご報告@タジャン邸 »
「旅行」カテゴリの記事
- 日帰り上洛(2018.03.18)
- パリの朝(2017.06.10)
- 京都教室(2016.03.25)
- おはようございます。(2015.06.13)
- 午餐(2015.06.12)
コメント
この記事へのコメントは終了しました。


















三十三間堂前「わらじや」という言葉に思わず反応してしまいました。
「わらじや」には、到底及びませんが、せめてもと、我が家の土鍋でう雑炊を作っては、お料理のお味はもとより、雰囲気の良さなどを語っております(^-^;
半年に一度だなんて、羨ましい限りでございます
投稿: いとう かづえ | 2009年5月12日 (火) 11時58分