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丹生谷真美のフィニッシングスクール

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2019年4月の11件の記事

2019年4月28日 (日)

紅旗征戎、吾が事に非ず

「紅旗征戎、吾が事に非ず」
藤原定家『明月記』より。

本日四月二十八日は我が国の主権回復記念日。

今から六十七年前、昭和二十七年のこの日、
日本は敗戦後六年八か月にわたる
米国軍による占領からようやく開放され、
晴れて独立国家としての主権を回復いたしました。

風さゆるみ冬は過ぎてまちにまちし
八重桜咲く春となりけり 

国の春と今こそはなれ霜こほる
冬にたえこし民のちからに

主権を回復した日に詠まれた昭和天皇の御製です。
慈しみにあふれた大御心が
ひしひしと伝わってまいります。

平成の御世から令和の御世へ。
紅旗征戎とは無縁な
「平」「和」な時代となりますように。

2019年4月17日 (水)

春夜宴桃李園序

春の夜。 
桃李が艶やかに競い咲く園で
宴にて、李白、
「春夜宴桃李園序」。

夫れ天地は万物の逆旅にして
光陰は百代の過客なり。 
而して浮生は夢のごとし
歓を為すこと幾何ぞ。 
古人燭を秉りて夜遊ぶ
良に以有るなり。 
況んや陽春我を召くに
煙景を以てし
大塊の我に仮すに
文章を以てするをや。

拙訳:

天地は万物の旅籠にして
光陰は永遠の旅人なり。
人生は夢のごとし、
喜びもいかほどのものか。
古人は夜も燭をともして遊んだそうな。
それももっともなこと。
陽春は美しい風景で私を誘い
天地は私に詩文の才を授けてくれた。

桃の紅、李の白に負けじと
言の葉ならぬ「言の花」が
次々につぼみをほころばせては
はらはらと散っていく。

俗世にあって
精一杯の雑文を
ひねり出しております身には
桃源郷とも思える
美しい光景でございます。

畏れ多くも厚かましきことなれど
私の庵号「以文庵」は
茶道お家元に願い出て
李白のこの文章より
いただいたものでございます。

とてつもなく大きな風呂敷、
思いっきり広げておりまする。

おはようございます。

2019年4月14日 (日)

春色如流水

城東の荘に宴す  崔恵童

一月人生笑ふこと幾回ぞ
相逢ひ相値はば且(しばら)く 杯を銜(ふく)まん
眼のあたりに看る春色流水の如きを
今日の殘花は昨日開けり

拙訳:
人が生きる中でひと月の間に
笑うことなど何回あるのだろう。
こうして出逢ったからには、
しばし杯を交わそう。
春の景色が目の前を
流れる水のように過ぎていく。
今日の色褪せた花も
昨日咲いたばかりであったのに。

出典不詳ゆえ真偽のほどはわかりませんが、
崔恵童は「玄宗皇女晋国公主を妻とした」と
wikipediaにあり。

姫の婿はお立場上お辛いことが多いのかしら。

皆様には毎日
声に出して笑えるような
愉しいことがたくさんありますように。

2019年4月12日 (金)

夜の衣をかへしてぞ着る

いとせめて恋しきときは
むばたまの夜の衣をかへしてぞ着る
           小野小町
        
恋しくて恋しくて切ないときは
夜の衣を裏返しに着て寝る。

衣を裏返しに着て寝ると
恋しい人に夢で逢える、
そんな言い伝えがあったそうで。

はるか遠い昔に生きた誰かの
恋のときめき、切ないまでの想いが
妙なる調べにのせた美しい言葉を通して
今生きている誰かの心を震わせるなんて。

歌こそ、言葉こそ、いとをかし。

今朝、心地よい眠りから覚めてすぐに
小野小町のお歌を詠じてみたくなったのは
愉似黒の寝間着を裏返しに着ていたから。

裏返ったポケットが
左右でひらひらしておりましたのも
恋する乙女心ゆえ、
ということにしておきます。

おはようございます。

2019年4月 9日 (火)

春暁

「春はあけぼの」同様
ほとんどクリシェになっているこの詩を
今さらご紹介するまでもないけれど。

それでもやっぱり、李白をして
「吾愛孟夫子」"I love Master Mèng"と
言わしめた詩人、孟浩然の
この詩を詠じることなく、
「春」は語りがたくて。

春暁 孟浩然 

春眠暁を覚えず
処処に啼鳥を聞く
夜来風雨の声
花落つること知んぬ多少ぞ

拙訳:
春の眠りは心地よく
夜が明けたのにも気づかない。
鳥のさえずりが
どこからか聞こえてくる。
昨夜は雨風の音が強かった。
花はどれほど散ってしまったことだろう。

春の朝。
鳥のさえずりなど
聞くともなく聞きながら
ぬくぬくお布団にくるまりつつ
投稿しております。

おはようございます。

2019年4月 8日 (月)

天上天下唯我独尊

グレゴリオ暦四月八日は灌仏会。

かのガウタマ・シッダールタなる御方が
ご生誕後、七歩ばかり歩まれて、
右手で天、左手で地を指して
「天上天下唯我独尊」
とおっしゃったと伝わる、
その貴いご生誕の記念日、
通称花祭でございます。

思えば
かの耶蘇基督なる御方のご生誕記念日には
街中が煌めく光に彩られ、
ご家庭ではなぜか揚げ鶏と苺を載せた洋菓子、
恋人たちは泡立つ美酒などを愉しみつつ
贈り物を交換したりして、
切支丹とも思われぬ方々が
意味不明のお祝をなさるというのに

信仰心はとにもかくにも、
我が国の大半の方々が
少なくとも人生の最後にはお世話になる
御仏の記念の日を祝わないでは
あまりに不義理ではありませんか。

あれもこれも大人のつきあい、
花の咲き競う春ですもの、
せめて部屋中に花を飾って
お祝となさってこそ義理も立とうというもの。

ちなみに私、生後数か月で耶蘇教の洗礼を受け
長じては転び伴天連を称する身ではございますが
常々天を仰ぎ見ては、西行法師を真似て

何事のおはしますをば知らねども 
かたじけなさに涙こぼるる

と詠じたりしております。

御仏も八百万の神も
大宇宙も母なる自然も
お天道様もご先祖様も
思いを馳せればどれもどれもかたじけなくって
頭を垂れて手を合わせたくなるではありませんか。

てなことで、本日は花祭。
ここはひとつおつきあいってことで
皆様も義理堅くお祝いなさってくださいませ。

雨の朝

田園楽 王維

 

桃は紅にして復た宿雨を含み

柳は緑にして更に春煙を帯ぶ

花落ちて家童未だ掃らわず

鶯啼いて山客猶眠る

 

桃は昨夜からの雨に濡れて

なお紅に咲き、

柳は春霞をまとって

緑に萌えている。

花が散っているのに

召使はまだ掃いてもいない。

鶯が啼き、

山客はまだ眠っている。

 

雨の降る朝に。

 

2019年4月 7日 (日)

蘭亭序

旧暦弥生三日。
上巳の節供でございます。

王羲之が「蘭亭序」に

「暮春の初め、
会稽山陰の蘭亭に会す。
禊事を脩(おさむ)るなり」

と記したのは
永和九年、西暦三百五十三年、
癸丑の年のこの日。

「是の日や、
天朗らかに気清く、
恵風和暢せり」

空は晴れわたり空気は澄み、
春風がうららかに流れていた、と。

禊ぎを行い、
曲水の宴を張って
流水に觴を浮かべ

觴が流れくる前に
それぞれが詩を詠む。

なんとも優雅なことでございます。

「蘭亭序」の書としての貴重さは
言わずと知れたことですが
書かれた内容も
どうしてなかなか味わい深いもの。

長文ゆえ、全訳には
またの機会に挑戦するとして。

「世殊に事異なりと雖も、
懐(おも)ひを興す所以は、
其の致一なり。

後の攬(み)る者も、
亦将に斯の文に感ずる有らんとす。」

時代が変わり、事物が異なっても
思いを起こすところの所以はひとつ。

後の世にこれを見る人は、
この文に同じく感ずるであろう、と。

後世の人に
思いが伝わるような、
そんな言葉を紡ぎ出したい
ものでございます。

2019年4月 5日 (金)

春にして君を離れ

SONNET 98 ーWilliam Shakespeare

From you have I been absent in the spring,
When proud pied April, dressed in all his trim,
Hath put a spirit of youth in everything,
That heavy Saturn laughed, and leaped with him.

Yet nor the lays of birds, nor the sweet smell
Of different flowers in odour and in hue,
Could make me any summer's story tell,
Or from their proud lap pluck them where they grew;

Nor did I wonder at the lily's white,
Nor praise the deep vermilion in the rose;
They were but sweet, but figures of delight,
Drawn after you, you pattern of all those.

Yet seem'd it winter still, and, you away,
As with your shadow I with these did play.

拙訳:

春、私は君と離れていた。
色鮮やかに装った四月が
万物に青春の息吹を注ぐ頃、
憂いがちなサターンさえも笑い、ともに踊っていた。

だが、小鳥の歌声にも
花たちの色や甘い香りにも
私は夏の物語を語る気にはなれず、
大地から花たちを摘む気にもなれなかった。

百合の白さに心を動かし、
薔薇の深紅を称えることもしなかった。
それらの甘さも美しい姿も
君を真似たもの、君こそが手本なのだ。

時はずっと冬のままに思えた、
そして、君がいないので、
私は花たちを君の影として戯れた。

桃花

旧暦三月一日。

花ぐわしの春は
ここから勢いを増して
ラストスパートに入ります。

花冷えはどこへやら
一気に暖かくなった朝に

いささか前のめりなれど
初夏の詩を。

大林寺桃花 白居易
人間四月芳菲盡き
山寺に桃花始めて盛んに開く
長く恨む春の歸るを覓むる處無きを
知らず轉じて此の中に入り來きたりしを

拙訳:

四月になって
世の中のかぐわしき花は
散ってしまったけれど。

山寺では桃の花が
今を盛りと咲いている。

春が行ってしまえば
もう春を感じるところもないと
恨めしく思っていたのに

知らなかった、春は 
この山の中に移り来ていたのだ。

2019年4月 2日 (火)

果報者

 不肖の身にして
かような果報者でございます。
感謝。

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