フォト

丹生谷真美のフィニッシングスクール

« 2019年8月 | トップページ | 2019年10月 »

2019年9月の4件の記事

2019年9月14日 (土)

新講座のご案内


平成五年の教室開講当初より
「垣間見王朝文学」なる講座を設けております。

『枕草子』『源氏物語』
『和泉式部日記』『蜻蛉日記』など、
王朝女流文学を軸に
女性の生きかたを考える講座です。
貴公子たちが心惹かれる女性を
垣の隙間からこっそり覗き見たように、
王朝文学の愉しさを
ほんのちょっぴりご一緒に覗いていただこう、
と名づけた講座名。
私の目で見た王朝文学、
という意味で私の名前も隠し入れております。 

これまで、共感していただきやすいかと
女性たちの書いたものに偏っておりました。
新たに開講いたします「補填古典」講座では
おじさん文学にも触れたく
まずは遁世者吉田兼好の『徒然草』を
面白おかしく読み解いてまいります。

「和歌がわかる」講座も開講いたします。
「花を愛で、鳥をうらやみ、
霞をあはれび、露をかなしぶ心」
がよろずの言の葉となってあふれいで、
やまと歌を創る。

あふれ出る思いをこんな風に歌に詠めたら素敵、
と心に響く和歌をご紹介、
丹生谷流に解説いたします。

どれもふざけた講座名とお思いでしょうが、
そもそも和歌は言葉遊びの宝庫。
諧謔と洒落なくしては
大和言葉も古典も語れません。
「一寸の隙にもギャグの魂」と思し召され、
笑い、愉しみながら
わが国古来のギャグセンスを学んでくださいませ。 

ご興味をお持ちくださいましたら
まずはコメント欄から
お問い合わせください。

2019年9月13日 (金)

秋の夜

今宵の中秋の名月。
雲間に覗いてくれるでしょうか。

以下、過去ネタ再びシリーズより、
でございます。


『秋夜丘二十二員外に寄す』 韋応物

君を憶ふは秋夜に属し
散歩して涼天に詠ず
山空しうして松子落つ
幽人応に未だ眠らざるべし

拙訳:

秋の夜を丘二十二員外に寄せて

君を想う秋の夜
庭を歩き涼風の吹く空に詩を詠じる。
山はひっそりとして
松笠の落ちる音が聞こえる。
ひとり山に暮らす君は
まだ眠りについてはいないだろう。

寝つけずに庭を歩く秋の夜。
遠く山に住む友を想い、
友もまた眠れずにいるのだろうかと
ひとり詩を詠じる韋応物。

電話もメールも
FacebookもLINEもないから。

届かない想いが、言葉が、
詩に昇華されるなんて
いとをかしけれ。

おはようございます。

2019年9月 9日 (月)

重陽の節供

九月九日、グレゴリオ暦的には
重陽の節供でございます。

以下、そろそろ飽きられそうな
過去ネタリサイクル方式にてお許しを。

重陽の節供には
前夜から真綿を菊の花に被せて
花の香りを移し
その綿で顔や体を拭うと、
老いることなく寿命が延びるという
言い伝えがございました。
今風にはアンチエイジング効果でございます。

『紫式部日記』から。

九日、菊の綿を、兵部のおもとの持て来て、
「これ、殿の上の、とりわきて、
いとよう老のごひ捨て給へと、のたまはせつる」
とあれば、

菊の露わかゆばかりに袖ふれて花のあるじに千代はゆづらむ

とて、返し奉らむとするほどに、
「あなたに帰り渡らせ給ひぬ」とあれば、
ようなさにとどめつ。

拙訳

九月九日、兵部のおもとが菊の綿を持ってきて
「これ、道長様の奥様があなただけに特別にですって。
よぉく老いを拭い捨てなさいとおっしゃって」
と言うので

「いただいた菊の露はほんの少し若やぐほどに袖に触れ、
千代の寿命は花の主であるあなた様にお譲りいたしましょう」

とお返ししようとしたのに
「奥様、あっちにお帰りになられたわよ」
ということで無用になって
お返しを控えることにした。

このエピソード、主従が互いを思いやった
麗しき美談のようでもございますが。

同じく『紫式部日記』に

中宮の御前にあった『源氏物語』を見て
道長が梅の実の下に置かれた紙に

「すきものと名にし立てれば見る人の
折らで過ぐるはあらじとぞ思ふ」
(梅の身は酸っぱいものと知られているから
見る人は枝を折らずにはいられない。
好きものと評判のあなたも、
人は手折らずにいられないでしょうね)

とお書きになったので

「人にまだ折られぬものを誰かこの
すきものぞとは口ならしけむ」
(人に手折られたこともございませんのに
誰が好きものだなどと噂するのでしょう)

とお答えした、とあり、

その後、式部が渡殿の局に寝た夜、
訪ねてきた道長にしつこく戸を叩かれ、
恐ろしくて、諦めて帰るまで
音もたてずにじっと過ごした、
とございます。

また『尊卑分脈』に
紫式部は「御堂関白道長妾」
との記述があることなどなどから

紫式部と道長の関係は
古くからあれこれ憶測されております。

藤原道長の正室倫子は
道長の二歳年長。

道長にとって倫子との縁は
俗に言う「逆玉」でございました。

この年、寛弘五年、西暦一千八年、
紫式部は推定三十歳代半ば、
対して倫子、四十歳代半ば。

お二方いずれも、
当時としては年増大年増の域でいらっしゃいます。

「とりわきて、いとよう老のごひ捨て給へ」
と嫌味たっぷりの倫子に
「花のあるじに千代はゆづらむ」
と謙虚を装いつつ負けん気の紫式部、
と読めないでもありません。

あれこれ想像するに
穏やかならぬ重陽の節供
であったようでもございます。

皆様には穏やかに
菊の香りで老いを拭い去り
麗しき千代の寿命をご享受あそばされますよう。

2019年9月 8日 (日)

朋有り、遠方より来る。

満ち足りた思いで


朋有り、遠方より来る。

亦た楽しからずや 。


なんて呟いてみました。


今は昔、

福岡で月一回

教えておりました頃の門下生が

はるばる訪ねてくださったのです。 


四半世紀ぶりのお目もじでした。


「先生に教えていただいたことが

日々役に立っています」 


「ノートを繰り返し読み返して、

プリントも全部

手書きで書き写しました」


「娘にも若い人たちにも

教わったことを伝えています」 


「先生のご本も

仕事に役立てています」


「おかげ様で私からの手紙を

全部ファイルしてとってある、

とおっしゃるお客様も

いらっしゃるんですよ」


「先生から学んだことは

教養だと思っています」


「お目にかかって

もう一度お礼を言いたいと

ずっと思っていました」


だなんて。


学びて時に之を習ふ。

亦よろこばしからずや。 


ではありませんか。


いつも思うことだけれど

私ってほんとに果報者。


言葉に励まされて


人知らずしてうらみず。

亦君子ならずや。


君子には程遠いけれど

なんとか恩師にはなれそう。


一夜明けて

勇気と元気にあふれる朝です。


おはようございます。

« 2019年8月 | トップページ | 2019年10月 »

2020年3月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

こちらの雑誌に執筆/取材協力させていただきました

最近のトラックバック


-天気予報コム-