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2019年12月の3件の記事

2019年12月30日 (月)

明朝是れ歳除

玉関にて長安の李主簿に寄す  岑參


東長安を去ること万里の余

故人那(なん)ぞ惜しむ一行の書

玉関西望すれば腸断つに堪へ

況んや復た明朝是れ歳除なるをや


拙訳:


東の長安を去って

はるか一万里余りの地にいる。

古き友よ、どうして

一行の手紙を書き惜しむのか。

玉門関からさらに西の地を望めば、

はらわたのちぎれる思いだ。

ましてや明日は

年の暮れだというのに。


皆様もどうぞ

友への一行のおたよりを

書き惜しまないでくださいませ。


例年人気の

【筆で年賀状を書く講座】。

お陰様で一昨日

最後のお一方のお手伝いを終え、

令和元年の仕事納め。

満ち足りた心でおります。


紺屋の白袴、医者の不養生とやら、

自分の年賀状は

本日書き終える予定。


「復た明朝是れ歳除なるをや!」

(明日は年の暮れだというのに!)

と笑ってやってくださいまし。

2019年12月22日 (日)

冬至

冬至 杜甫

年年至日長に客と為り
忽忽たる窮愁人を泥殺す
江上の形容吾独り老い
天涯の風俗自ら相親しむ
藜を杖いて雪後丹壑に臨む
玉を鳴らし朝来紫宸を散ず
心折れて此の時一寸無し
路迷う何れの処か是れ三秦

拙訳:

毎年冬至を旅人として迎えている。
窮して深い愁いが私を苦しめる。
長江のほとりで一人老いて
異郷の風俗にも自ら親しむようになった。
雪の後、杖をついて赤土の谷を見下ろす。
都では佩玉を鳴らしながら 
臣下たちが紫宸殿を退席していることだろう。
心は折れてこの時一寸の大きさすらない。
都長安のある三秦はどこなのか、
もう道もわからない。

冬至の詩を、と思ったけれど
杜甫先生、かなり暗い雰囲気です。

国も時節も異なれど
菅原道真公が配流先の大宰府で
嘆きながら詠じた詩を思い出しました。

九月十日 菅原道真

去年の今夜清涼に待す
秋思の詩篇獨り斷腸
恩賜の御衣は今此こに在り
捧持して毎日餘香を拝す

拙訳:
去年の今夜は清涼殿でお傍近くお仕えしていた。
「秋思」という勅題で詩篇を詠んだこと、
ただ断腸の思いで一人思い出している。
あの折賜った御衣は今もここにある。
毎日捧げ持っては残り香を拝するばかりだ。

杜甫先生も道真公も
心が折れるだの
断腸だのとおっしゃらず
一陽来復、
お心を強くお持ちくださいませ。

2019年12月 5日 (木)

山を歩く

魯山山行   梅堯臣

適(まさ)しく 野情と愜(かな)い
千山高く復た低し
好峰随処に改まり
幽径独り行きて迷う
霜落ちて熊は樹に升(のぼ)り
林空しく鹿は渓(たに)に飲む
人家何許(いづこ)にか在る
雲外一声の鶏

拙訳:

野にありたい我が思いのままに
山は高くまた低くと連なる。
峰はそこここで姿を変え
奥深い道を一人歩んでは迷う。
霜が降りて熊は樹に上り
人気のない林で鹿は谷川の水を飲む。
人家はどこかにあるのだろうか。
そう思った時、雲のかなたに鶏の一声が響いた。

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