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丹生谷真美のフィニッシングスクール

カテゴリー「和歌、詩」の記事

2020年3月30日 (月)

散り急ぐな

満開の桜に
「散り急ぐな」とささやかんばかりに
天から雪の舞い降りた日曜日。 

私こと
この世に命を授かった記念すべき日を
また新しく迎えることができました。

杜甫が

「酒債尋常行く處に有り
人生七十古來稀なり」

(酒代の借金など常のこと、
行く先々にあるが
どうせ人生七十まで生きることは
稀なのだ。)

と詠じた齢。

古には稀であったものが

いにしえは 稀なことぞと 聞きしかど 
今は世の常 めでたくもなし
               愚詠

今の世では当たり前のことになりました。

ここから先は
杜甫が授かることのなかった時間。

飲んだくれているわけには
まいりません。

雪をまとった花を思い
散り急がず
自分にできること
自分にしかできないことを
ひとつひとつ
心をこめてしていきたい。

皆様に支えられ、励まされ、
生かされていることに
この場を借りて
心からお礼を申し上げます。

深い感謝とともに
謹んで。

2020年3月29日 (日)

人生七十古来稀なり

曲江 杜甫

朝より回って日日春衣を典す
毎日江頭醉を盡して歸る
酒債尋常行く處に有り
人生七十古來稀なり
花を穿つ蛺蝶深深として見え
水に點ずる蜻點款款として飛ぶ
傳語す風光共に流轉し
暫時相賞して相違うこと莫れと

拙訳:

朝廷を退出すると、毎日春着を質に入れて
曲江のほとりで酒をしこたま飲んで帰る。
酒代の借金など常のこと、行く先々にある。
どうせ人生七十まで生きることは稀なのだ
花の奥深くで揚羽蝶が蜜を吸い、
水面に点々と尾をつけて蜻蛉が緩やかに飛んでいく。
風や光に語りかける。
ともに身を任せ移ろいゆき、
しばしは美しさを愛で合って、
背くことなどないようにしよう、と。

 

一年の春

城東の荘に宴す  崔敏童

一年始めて一年の春有り
百歳曾て百歳の人無し
能く花前に向て幾回か酔わん
十千もて酒を沽う 
貧と辞すること莫かれ

拙訳:
一年が過ぎれば
新たな年の春がくる。
そうして百年が過ぎても
百歳まで生きる人はいない。
咲く花を前に酒を飲んで
幾度酔えることか。
一万銭で酒を買ってこよう。
貧しいのだからと
断らないでおくれ。

2020年2月29日 (土)

二月つごもり

今は昔、

二月もつごもりというのに

肌を刺す風が吹いて

空は雲に覆われ

雪が少し降っていた朝のこと。


「公任の宰相殿から」と

主殿寮の役人が

手紙を持ってまいりました。


公任様と言えば

抜群の詩才と教養で知られる

殿上人でいらっしゃいます。


何かしら

とおそるおそる開いてみると

懐紙に見事な筆で


少し春ある心地こそすれ


とございます。


春が少しだけある心地がする


唐の詩人、白楽天の詩


三時雲冷やかにして多く雪を飛ばす

二月山寒うして春有ること少なし


を踏まえているのですね。


まるで今朝の空 

そのままではありませんか。


連歌を詠みかけて

上の句を詠み返せよ、

という趣向です。 


言葉遊びは得意分野ではあるけれど、

公任様に試されるなんて

正直、ちょっと荷が重い。


公任様のほかには 

どなたがいらっしゃったかと

使者に問えば、

名だたるお歴々ばかりが 

お揃いのごようす。


相手が相手だけに

通り一遍の下手な返歌では

すまされません。


定子様にお伺いしようにも、

帝がおわたりあそばされ、

例の如くお二人で睦まじく

ご寝所におこもりでいらっしゃる。


あくまでも遊びなのですから

下手に時が経っては興醒めです。


えーい、なるようになれだわ。


空寒み花にまがえて散る雪に


これでどうかしら。  


寒さにかじかんで震える手で

書いてはみたけれど、

どう評価されるものか、どきどき。


寒空から花が散るように

はらはらと散る雪に


短い上の句に

白氏文集が出典だということも

「心得ております」

とさりげなく匂わせた上で

なおかつ

散る雪を白い花に見立てることで

「少し春」に落とし込む。


なかなかどうして、

我ながら、即興としては

絶妙のできばえ。


こういう知的遊戯って

刺激的で、わくわくいたします。


内心かなりの自信があるものの、

とにかく相手はかの公任様ほか、

教養あふれる殿上人の方々でいらっしゃる。


結果は、ご想像の通り。

殿上人の間で大評判だったようです。


ま、どうってことでも

ございませんけれど。


枕草子百六段

「二月つごもりごろに」より

拙訳でございました。


空寒み花にまがえて散る雪に

少し春ある心地こそすれ


寒空から花が散るように

はらはらと散る雪に

春が少しだけある心地がする


二月つごもりの

光がこぼれる朝に。

2020年2月13日 (木)

早春

早春、水部張十八員外に呈す 韓愈
 
天街の小雨潤ふこと酥の如し
草色遥かに看ゆるも近づけば却って無し
最も是れ一年春の好き処
絶えて勝る烟柳の皇都に満つるに
 
拙訳
 
都大路に小雨が降って
道は練乳のように濡れている。
遥か遠くから草の色が見えるが、
近づくと却って見えなくなってしまう。
春は一年で最もよい季節だ。
天子が住まわれる都に
煙ったように柳があふれる光景は
何よりも美しい。

2020年1月 2日 (木)

初春

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2019年12月30日 (月)

明朝是れ歳除

玉関にて長安の李主簿に寄す  岑參


東長安を去ること万里の余

故人那(なん)ぞ惜しむ一行の書

玉関西望すれば腸断つに堪へ

況んや復た明朝是れ歳除なるをや


拙訳:


東の長安を去って

はるか一万里余りの地にいる。

古き友よ、どうして

一行の手紙を書き惜しむのか。

玉門関からさらに西の地を望めば、

はらわたのちぎれる思いだ。

ましてや明日は

年の暮れだというのに。


皆様もどうぞ

友への一行のおたよりを

書き惜しまないでくださいませ。


例年人気の

【筆で年賀状を書く講座】。

お陰様で一昨日

最後のお一方のお手伝いを終え、

令和元年の仕事納め。

満ち足りた心でおります。


紺屋の白袴、医者の不養生とやら、

自分の年賀状は

本日書き終える予定。


「復た明朝是れ歳除なるをや!」

(明日は年の暮れだというのに!)

と笑ってやってくださいまし。

2019年12月22日 (日)

冬至

冬至 杜甫

年年至日長に客と為り
忽忽たる窮愁人を泥殺す
江上の形容吾独り老い
天涯の風俗自ら相親しむ
藜を杖いて雪後丹壑に臨む
玉を鳴らし朝来紫宸を散ず
心折れて此の時一寸無し
路迷う何れの処か是れ三秦

拙訳:

毎年冬至を旅人として迎えている。
窮して深い愁いが私を苦しめる。
長江のほとりで一人老いて
異郷の風俗にも自ら親しむようになった。
雪の後、杖をついて赤土の谷を見下ろす。
都では佩玉を鳴らしながら 
臣下たちが紫宸殿を退席していることだろう。
心は折れてこの時一寸の大きさすらない。
都長安のある三秦はどこなのか、
もう道もわからない。

冬至の詩を、と思ったけれど
杜甫先生、かなり暗い雰囲気です。

国も時節も異なれど
菅原道真公が配流先の大宰府で
嘆きながら詠じた詩を思い出しました。

九月十日 菅原道真

去年の今夜清涼に待す
秋思の詩篇獨り斷腸
恩賜の御衣は今此こに在り
捧持して毎日餘香を拝す

拙訳:
去年の今夜は清涼殿でお傍近くお仕えしていた。
「秋思」という勅題で詩篇を詠んだこと、
ただ断腸の思いで一人思い出している。
あの折賜った御衣は今もここにある。
毎日捧げ持っては残り香を拝するばかりだ。

杜甫先生も道真公も
心が折れるだの
断腸だのとおっしゃらず
一陽来復、
お心を強くお持ちくださいませ。

2019年12月 5日 (木)

山を歩く

魯山山行   梅堯臣

適(まさ)しく 野情と愜(かな)い
千山高く復た低し
好峰随処に改まり
幽径独り行きて迷う
霜落ちて熊は樹に升(のぼ)り
林空しく鹿は渓(たに)に飲む
人家何許(いづこ)にか在る
雲外一声の鶏

拙訳:

野にありたい我が思いのままに
山は高くまた低くと連なる。
峰はそこここで姿を変え
奥深い道を一人歩んでは迷う。
霜が降りて熊は樹に上り
人気のない林で鹿は谷川の水を飲む。
人家はどこかにあるのだろうか。
そう思った時、雲のかなたに鶏の一声が響いた。

2019年11月26日 (火)

冬日

四時田園雑興 冬日其八  范成大          

榾柮煙無くして雪夜長し
地爐酒を煨すれば煖かきこと湯の如し
嗔る莫れ老婦盤飣無きを
笑って指さす灰中芋栗の香しきを

拙訳

木の切れ端が煙も立たず燃え
雪の夜は長い。
囲炉裏で温めた酒は
お湯のように温かい。
酒の肴がないからと言って
老婦を叱ってはいけない。
笑って指さす先の灰の中で
芋や栗が香ばしく焼けている。

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