フォト

丹生谷真美のフィニッシングスクール

カテゴリー「経済・政治・国際」の記事

2009年2月17日 (火)

古今酔態

寛弘五年、西暦では一千八年、一千と一年もの遥か昔のことでございます。

この年の霜月一日、左大臣藤原道長様の土御門邸では、公卿や殿上人が招かれ、盛大なる宴が催されておりました。

一条天皇の女御として入内させ、先に中宮であった定子様を蹴落とし、中宮と改めさせていたご長女彰子様が、入内後九年にして第二皇子敦成親王をめでたくご出産。若宮のご誕生後五十日目の祝宴とあっては、まことに語り尽くせぬほどのめでたさでございます。

この宴の席で左衛門の督藤原公任様が「あなかしこ、このわたりにわかむらさきやさぶらふ(おそれいりますが、この辺りに我が紫の君はおいででしょうか)」と問われたと『紫式部日記』にあることから、昨年、西暦二千と八年が「源氏物語一千年紀」とされたことは周知の如くでございます。(「若紫」と解する説もございます。}

得意の絶頂にあった道長様を囲んだ華やかなる宴の様子は、紫式部が書き残した日記から窺い知ることができます。

右大臣顕光様、内大臣公季様は共に「酔ひみだれてののしり給ふ」。あらあら、次席大臣にしてこれですか。

顕光様は、「御几帳のほころびを引き断ち乱れ給ふ」。几帳のほころび、後で繕わせますので、どうぞ引っ張らないでおいてくださいませ。しかも「さだ過ぎたり(いい歳をして)」と言われるのを無視して、女房相手にはしたない戯れ言などおっしゃっていらしたご様子。

公季様、礼儀正しいご子息が父の前をはばかって下座から進んだことに「酔ひ泣きし給ふ」って、かなりの泣き上戸でいらしたのですね。

後に右大将となり「賢人右府」と称されたほどの有識者でいらした権大納言実資様は、女房たちの衣装の裾や袖口の重なりを数えていらしたとは、賢人らしくもない他愛なさ。やはりお酒のせいでしょうか。

権中納言隆家様。定子様の弟君でいらっしゃいます。清少納言がご贔屓のぼんぼん兄君伊周様とはご性格が異なり、丹生谷好みの気骨のある御仁であらせられますが、この宴では隅の柱によりかかって、女房の袖を引いたりなさっていらしたようで。

「おそろしかるべき夜の御酔ひなめりと見て」、紫式部は今一人の女房と申し合わせて隠れようと御帳の後ろに逃れるのですが、道長様にみつかってしまい、「和歌を仕うまつれ(詠め)」「さらばゆるさむ」と詰め寄られます。とっさに、

いかにいかがかぞへやるべき八千歳のあまり久しき君が御代をば

八千歳にも余りある若宮の御齢をどうしてどのように数えることができましょうか。

「五十日(いか)」を読み込んだ辺り、さすがは紫式部、酔っ払いに詰め寄られての即興にして、これです。

「あはれ(あっぱれ)」と感じ入った道長様も即興で返します。

あしたづの齢しあれば君が代の千歳のかずもかぞへとりてむ

千年生きるという鶴の齢さえあれば、若宮の千年の御齢を数え取ることもできよう。

我が国の大臣の酔態には一千年の歴史と伝統がございますようで。

とは言え、道長様ほか寛弘の官僚のお集まりは、もとよりめでたき祝宴、酒宴ゆえ、酔態も自然の成り行きとも申せましょう。誰に憚るものでもございません。

酩酊して女房に絡みつつも、即興で和歌を詠むだけの知性と分別を失っていないのは、教養の差、才覚の開き、器量の違い、時代の隔たりもございましょうか。

嘆かわしきことの多き、平成二十一年の日本でございます。

2008年9月28日 (日)

薯童謠、朱蒙、大化改新。

『宮廷女官チャングムの誓い(原題『大長今』)』の余韻に身を委ねるうちに、朋あり遠方より来たりて、『薯童謠』のDVDを拝借することに。また楽しからずや。

百済と新羅、敵国同士の王子と姫の許されない愛の物語は、勧善懲悪、貴種流離譚、復讐あり、活劇あり、夢あり、理想あり、権力争いあり、悲恋あり、と娯楽演劇のあらゆる世俗的要素がふんだんに盛り込まれ、丹生谷の趣味嗜好から申しますと、まずまず極上のできかと。

何しろ、有吉佐和子著『真砂屋お峰』級(当社比)の涙腺刺激型、まっすぐ一直線ひたむき一途の相思相愛、正統派純愛物でございまして。『大長今』と同じ脚本家、演出家の作品だそうですが、前作よりかなり甘めの味つけでございました。

貧しい民として育った主人公が、愛に支えられ、数多の試練を乗り越えて、ついに百済王として即位。民のために国を豊かにすることを志し、土地改革や税制改革、水田の開発、灌漑施設の完備などの国策を掲げ、さらなる困難や障害に立ち向かいながらも信念を貫き、貴族の権力に牛耳られていた国家体制を立て直していく。まことによくできたお話でございます。

かように清く正しき志に燃えたまつりごとが、現実の世にもあらまほしきものですこと。

和辻哲郎著『日本精神史研究 』(岩波文庫)によれば、「まつりごと」は本来「祭事」であって、祭事は支配階級の利益のためではなく、民衆にとってこそよかれと行われたもの。庶民の生活とは無関係な、権力や私利私欲のせめぎ合いであってよいはずがありません。

このたび首相になられた御大も、十七条の憲法の精神に立ち返り、民が平和に豊かに暮らせる国を再建するためのまつりごとを志してくださいますよう、祈念いたしております。

さてさて、『薯童謠』を堪能した後は、こちらで『朱蒙』。すでに古代史にどっぷり浸かってしまったこの身、高句麗を建国した伝説の英雄、東明聖王の物語と聞いては、今さら逃れようもございません。

一日は二十四時間、すでにフル回転している丹生谷としては、延々八十一話も続く『朱蒙』を観る時間を捻出するには、睡眠時間を大幅に削るしかない。

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあり。この際、睡眠時間を削ってでも観てしまおう、と観始めてしまいました。

本題からは外れますが、『朱蒙』関連でひと言言わせてくださいませ。

時事通信によれば、去る二十二日、常用漢字の見直しを進めている文化審議会の漢字小委員会が、「私」の訓読みに「わたし」を追加するか、現行の「わたくし」と入れ替えるかなど、読み方を議論したそうな。

また「蒙」は、使用例が「蒙古」という固有名詞に片寄っていることなどから、常用漢字にふさわしくないと判断、外すことに決めたらしい。 

文化審議会漢字小委員会とは名称ばかりは立派そうですが、さぞや「公」と「私」の区別もつかない、広く一般を啓蒙しようなんて気はさらさらない、軽薄なお歴々の集まりでありましょうな。

軽く揶揄してみただけのことですので、お気になさらず。

さて、『朱蒙』も三分の一程を観終わったところで、高句麗の祖とされる朱蒙(チュモン)の伝説を、かくもドラマティックに構成し、現代人好みの娯楽歴史物語に仕立て上げ、国内の視聴率はもちろん、外貨をも稼ぎ、さらには観る人の愛国心を育て、自国の歴史に誇りを持たせることに成功した脚本家並びに演出家に脱帽いたしました。『大長今』然り、『薯童謠』然り。

大長今も薯童謠も朱蒙も、いずれも、韓民族の歴史に名を残した英雄や女丈夫の物語です。

日本にだって、日本武尊、聖徳太子、天智天皇、天武天皇と、語って聞かせたい建国の英雄の物語はいくらでもあります。

「愛国心」と言っただけで、右翼扱いされかねない、愛国心が欠落したこの国で、未来への希望や母国への誇りを持てない現代の無気力な若者たちに、かつて建国の理想に燃えた若者たちが、いかにこの国を築き、歴史を作ってきたかを語ってやってほしい。

NHK様、よその国のドラマを輸入して、視聴率を稼いでいる場合でしょうか。日本の古代を描いた正統派の歴史ドラマを真剣に制作なさってみてはいかが。

たとえば、聖徳太子に始まり、乙巳の変、白村江の戦い、壬申の乱を経て、天武天皇の治世、大宝律令に至るまでの物語。脚本と演出と出演者次第ではありましょうが、視聴者の心を打つ、民族の誇りを呼び覚ますような歴史ドラマの材料が揃っているではありませんか。

NHKドラマが駄目なら任天堂のゲームでもいい。宮崎駿のアニメでもいい。

あれやこれや、この国のためにと、ない知恵を絞り、思いをめぐらせておりましたら、ややっ、AmazonにてNHKドラマスペシャル『大化改新』と『聖徳太子』のDVDを発見。

丹生谷の思いつく程度のことは、既にどなたかが考えていらしたということでしょうか。

何を目指したどのような作品やら、この目で確認せねば、と、即、Amazonで購入手続きを取りました。

いつになるやらわかりませぬが、観終えました折には、ここでご報告いたしましょう。

今宵はこれにて。

2008年7月30日 (水)

ダライ・ラマ法王十四世

昨日の「よっ、元気にやっとるか」の画像の御方は、今さら申し上げるまでもないこととは存じますが、ダライ・ラマ法王十四世でいらっしゃいます。

ダライ・ラマ法王及びチベット問題にご関心をお持ちの方はこちらをご参照ください。

2006年4月29日 (土)

主権回復記念日のご報告

門下生、相模の桜姫よりいただいたメール:

「こんばんは。今日はお疲れでしたでしょう。

 ブログを今、拝見して恥ずかしながら、主権回復記念日という日があることを、初めて知りました。

 私の祖父は会社員になるまで参謀本部におりました。第一次世界大戦は日本も勝ったので、特に何も申しておりませんでしたが、私が一歳の時に亡くなりました。

 第二次世界大戦のとき、父のお友達のお父様は陸軍中将でした。幸いというか、戦時中体調を崩し、戦線から引いていたので戦犯は免れたようです。私はお会いしたことがないのですが、(あっても子供の頃なので)「終戦記念日というのは日本が制定した日ではない。敢えて正しく言い直すなら敗戦記念日というんだ。」といつもおっしゃっていらしたそうです。

 最近、東條英機のお孫さんが書いた本を読みました。大分東條元帥のイメージが変わりました。誰もが平和を願っているのに誰が戦争を起こすのでしょう。きっと一部の欲深い権力者なのでしょう。

 永田町に振り回されるままでは日本国民はどうなるのでしょうか。引き戻す力は無くとも日本の美風といわれた、勤勉、実直、清潔好き、礼儀正しさなどは個人の力でどうにでもなるもの。向かい風に向かうことになることがあっても、この位は、若い世代のこれから成長していく姪や甥のために残しておきたいと思います。

 お疲れのところ、長文失礼いたしました。ごゆっくりお休みなさいませ。」

九段会館での国民集会のお手伝いを始めてかれこれ10年になりますが、志を共にしてお手伝いをなさる若い世代の人数が増えているように感じます。

直会(なおらい)で、明日の日本を背負うべき若い学生たちが、瞳をきらきら輝かせ、きちんとした言葉で政治の美学を熱く語る光景。かなり感動的でした。

あらまほしき日本を次の世に残すため、丹生谷もまだまだ諦めるわけにはまいりません。我が回峰の行と、日々、ただひたむきに足を進めることといたします。

2006年4月28日 (金)

主権回復記念日

今日4月28日は主権回復記念日。と申し上げても、なんのことやらおわかりにならない方が多いかしら。

1952年の今日、日本は敗戦後の6年8ヶ月にわたる占領統治からようやく開放されました。丹生谷が生まれ、2歳のお誕生日を過ぎるまで、日本は独立国家ではなかったのです。

日本が独立国家としての主権を回復した記念すべき日なのに、その日を記念も祝いもしていないという現実は、未だに占領統治の呪縛が解けていないような御仁が永田町辺りをうろついていることとも無関係ではないような。

例年、九段会館で主権回復記念日国民集会が行われておりますが、丹生谷は思うところあって、毎年この日はできる範囲でお手伝いをさせていただいております。

午後5時半開場。おいでくださる方は、受付におりますのでお声をおかけくださいね。

2006年3月22日 (水)

美しきもの

『枕草子』の明るく軽やかな文章を透かして見ると、清少納言の、そして定子中宮の潔い生き方、美意識、美学がくっきりと浮かんで、心が清々しく洗われるようです。

清少納言に倣い、人の世の真なるもの、善なるもの、美なるものにこそ心を向けていたい。暗きもの、醜きことに気づかないふりをするのではなく、濁った泥水を吸いながら清らかな花を咲かせる蓮のように、美しい言葉に咲かせることで、澱んだ心も昇華させたい。そんな思いで綴っている、この『今様枕草子』ではございますが。

政治経済のことにはここでは触れないことをよしとしていたのに、巷を騒がせた例の偽メール事件で、かの永田議員が偽メールを真実と信じた理由は「(記者が)自分をだます動機など思いつかなかった」からと新聞にあったことが、頭の片隅に引っかかってしまい、ひと言申し上げずには頭の整理がつきそうにありません。ここはひとつ少納言にもお許しをいただき、少々なじらせてくださいませ。

それにつけても、「自分をだます動機など思いつかなかった」から信じたとは、なんという愚かしいまでの想像力の欠落。能天気な丹生谷ですら呆れかえるお人好しぶりです。政治の世界に身を置くからには、自分をだますことで利益を得る人がいるだろうことくらい、思いついてくださらなくっちゃ。

そもそもの発端の際、武部幹事長は動揺隠しがたく、ただ憮然、といった態度でいらっしゃいました。血を分けない「我が息子」があのようなことになった後、血を分けた我が息子とて、いや血を分けたからこそ信用はならず、しかもいかにもありそうな話だし、本人に確認してみないことには反論もできない、複雑な心境でいらしたことでしょう。メールが偽物と判明したら、いきなり鬼の首でもとったかのような横柄ぶりに豹変されたのは、氏が君子であるがゆえではなさそうです。

そこへいくと、小泉首相はさすが。「ガセネタ」などという首相たるものの発言にはふさわしからぬ、品性に欠けた語彙を用いて、初めからメールは偽物と、迷いも疑いもなく断定しておられたような。

「米国産牛肉輸入問題」「ライブドア事件」「耐震強度偽装事件」、加えて「官製談合事件」、小泉首相の残された半年の政権を大きく揺さぶるはずの諸問題が、ずらり並んでいた矢先も矢先、偽メール審議の茶番劇に、首相は結果として救われた形です。

討論すべき議題が山積みされている国会の貴重なる時間を、存在もしないメールの審議に浪費することになり、ご本人とは申しませんが、もしこの偽メールが、周辺の側近が講じた目くらまし作戦とすれば、大成功でした。策として、まことに賞賛に値します。

衆院選での自民党圧勝、念願の郵政民営化は無理やり果たしたことだし、皇室典範改正は予想外の慶事で郵政のようにはいかなかったけれど、と舌打ちなどなさりながらも、有終の美を飾り、後は野となれ山となれ、さっさと退陣してオペラ三昧に耽りたい方としては、大方目論見通りの成り行きなのではないかしら。

なーんて、頭の中も芽吹いていそうなこの季節、あれこれ想像をめぐらし、想像力、思考能力を鍛えております。

桜もいよいよ開花。開花予想をめぐっての官(気象庁)と民(ウェザーニュース)の対決は、どうやら官に軍配が上がり、めでたく一件落着。気象庁が大はずししようものなら、これも民営化、なんて言いだしかねない御仁もいらっしゃいますことですし。

せっかくの春、勢いよく芽吹くmarch23_009

木や草や花、月や風、美しいものに心を寄せて、生きとし生けるものの歓びを歌い、過ごしたいものでございます。

2005年11月 4日 (金)

いとおしや

moon_003我が家の上臈不如帰(じょうろうほととぎす)がひっそりと小さな黄色いつぼみをつけておりました。

春頃、小さな苗を求め、庭とも言えぬほどの地面の片隅の、朝のひと時かろうじて陽が射そうという場所に植えたものです。

赤紫の花をつけ、太陽に向かってしなやかに伸びた不如帰も、秋風の爽やかさによく映りますが、上臈不如帰は、うつむいて恥ずかしげな楚々とした佇まいがなんとも可憐。

つぼみが開いたら、ご報告いたしますね!

2020年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

こちらの雑誌に執筆/取材協力させていただきました

最近のトラックバック


-天気予報コム-