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丹生谷真美のフィニッシングスクール

カテゴリー「和歌」の記事

2020年3月18日 (水)

いいね!光源氏くん

NHKドラマ 【いいね!光源氏くん】
2020年4月4日(土)スタート[全8回]
総合 毎週土曜 夜11時30分から11時59分

の劇中和歌制作を担当させていただきました。

私こと「戯れ歌詠み」「似非歌人」を
自称いたしております。

以後お見知りおきくださいませ。

※恥ずかしながら後半の
京都カフェシーンの背景に
エキストラでチラッと出演しております♡

※いいね!光源氏くん 
千葉雄大扮する“光源氏”が出現!?
奇想天外ながら、ゆる~く笑える
千年の時を越えた“いけめん”居候コメディ!!

2020年1月22日 (水)

大統領の料理人

大統領の料理人



甥っ子夫婦に
「この女優さん、おば様に似てる!」
と言われて観てみたら、
なるほど、口元のたるんだ感じとか、
似ていなくはないような。

皺走る たるみの頬を 触らずも
しみ出づる歳に なりにけるかも

2019年11月 1日 (金)

霜月朔日

グレゴリオ暦的霜月朔日でございます。

一年前の過去記事から
一千余年前の過去ネタを
リサイクル活用させていただきます。


寛弘五年、西暦では一千八年、
この年の霜月朔日、
左大臣藤原道長様の土御門邸では
公卿や殿上人が招かれ、
盛大なる宴が催されておりました。

一条天皇の女御として入内させ、
先に中宮であらせられた定子様を
皇后宮と号させることにより
中宮と改めさせていたご長女彰子様が、
入内後九年にして第二皇子敦成親王を
めでたくご出産あそばされました。

その若宮のご誕生後五十日目の祝宴とあっては
まことに語り尽くせぬほどのめでたさでございます。

この宴の席で左衛門の督藤原公任様が
「あなかしこ、このわたりにわかむらさきやさぶらふ」
(おそれいりますが、
この辺りに我が紫の君はおいででしょうか)
と問われたと『紫式部日記』にあることから
西暦二千と八年が
「源氏物語一千年紀」とされたことは
周知の如くでございます。

「我が紫」を「若紫」と解する説もございますが
はてさて、いずれが正しいやら。

得意の絶頂にあらせられた道長様を囲んだ
華やかなる宴の様子を
紫式部が書き残した日記から
窺い知ることができます。

右大臣顕光様、内大臣公季様は共に
「酔ひみだれてののしり給ふ」。
あらあら、次席大臣にしてこれですか。

顕光様は
「御几帳のほころびを引き断ち乱れ給ふ」。
几帳のほころび、後で繕わせますので、
どうぞ引っ張らないでおいてくださいませ。

しかも「さだ過ぎたり(いい歳をして)」
と言われるのを無視して、
女房相手にはしたない戯れ言など
おっしゃっていらしたご様子。

公季様、
礼儀正しいご子息が父の前をはばかって
下座から進んだことに
「酔ひ泣きし給ふ」って
かなりの泣き上戸でいらしたのですね。

後に右大将となり
「賢人右府」と称されたほどの
有識者でいらした権大納言実資様は
女房たちの衣装の裾や袖口の重なりを
数えていらしたとは
賢人らしくもない他愛なさ。

権中納言隆家様。
定子様の弟君でいらっしゃいます。

清少納言がご贔屓の
ぼんぼん兄君伊周様とはご性格が異なり
丹生谷好みの気骨のある御仁であらせられますが
この宴では隅の柱によりかかって
女房の袖を引いたりなさっていらしたようで。

「おそろしかるべき夜の御酔ひなめりと見て」
紫式部は今一人の女房と申し合わせて隠れようと
御帳の後ろに逃れるのですが、
道長様にみつかってしまいます。

「和歌を仕うまつれ(詠め)」
「さらばゆるさむ」
と詰め寄られ、とっさに、

いかにいかが数へやるべき八千歳の
あまり久しき君が御代をば

八千歳にも余りある若宮の御齢を
どうしてどのように
数えることができましょうか。

「五十日(いか)夜の祝」の
「いか」を読み込んだ辺り、
さすがは紫式部、
酔っ払いに詰め寄られての即興にして
これでございます。

「あはれ(あっぱれ)」
と感じ入った道長様も
即興でお返しあそばされます。

あしたづの齢しあれば君が代の
千歳のかずも数へとりてむ

千年生きるという鶴の齢さえあれば
若宮の千年の御齢を数え取ることもできよう。

酩酊して女房に絡みつつも
即興で和歌を詠むだけの 
知性と分別を失っていないとは
これまたさすがは大物でいらっしゃいます。

位人臣を極められ、一の人となられた道長様。
十年の後には、娘を三人までも后に立て
「一家立三后、未曾有なり」
と賢人右府実資様に言わしめた、
その祝宴の場で、

この世をば我が世とぞ思ふ望月の
欠けたることもなしと思へば

と詠んで
実資様を戸惑わせられたようでございます。
実資様の日記『小右記』より。

『史記』にも
「月満つれば則ち虧く」とございます。

この世を我が世と思うほどに
栄耀栄華を極めた道長様も
晩年は糖尿病で苦しまれたようでございます。

本日の学び。
したたかに酔ってギャグを飛ばすのは
あふれる教養に根ざした日本の伝統ということで。

教養のある方もない方も
ギャグでも飛ばし
笑って一日をお過ごしくださいませ。

2019年9月 9日 (月)

重陽の節供

九月九日、グレゴリオ暦的には
重陽の節供でございます。

以下、そろそろ飽きられそうな
過去ネタリサイクル方式にてお許しを。

重陽の節供には
前夜から真綿を菊の花に被せて
花の香りを移し
その綿で顔や体を拭うと、
老いることなく寿命が延びるという
言い伝えがございました。
今風にはアンチエイジング効果でございます。

『紫式部日記』から。

九日、菊の綿を、兵部のおもとの持て来て、
「これ、殿の上の、とりわきて、
いとよう老のごひ捨て給へと、のたまはせつる」
とあれば、

菊の露わかゆばかりに袖ふれて花のあるじに千代はゆづらむ

とて、返し奉らむとするほどに、
「あなたに帰り渡らせ給ひぬ」とあれば、
ようなさにとどめつ。

拙訳

九月九日、兵部のおもとが菊の綿を持ってきて
「これ、道長様の奥様があなただけに特別にですって。
よぉく老いを拭い捨てなさいとおっしゃって」
と言うので

「いただいた菊の露はほんの少し若やぐほどに袖に触れ、
千代の寿命は花の主であるあなた様にお譲りいたしましょう」

とお返ししようとしたのに
「奥様、あっちにお帰りになられたわよ」
ということで無用になって
お返しを控えることにした。

このエピソード、主従が互いを思いやった
麗しき美談のようでもございますが。

同じく『紫式部日記』に

中宮の御前にあった『源氏物語』を見て
道長が梅の実の下に置かれた紙に

「すきものと名にし立てれば見る人の
折らで過ぐるはあらじとぞ思ふ」
(梅の身は酸っぱいものと知られているから
見る人は枝を折らずにはいられない。
好きものと評判のあなたも、
人は手折らずにいられないでしょうね)

とお書きになったので

「人にまだ折られぬものを誰かこの
すきものぞとは口ならしけむ」
(人に手折られたこともございませんのに
誰が好きものだなどと噂するのでしょう)

とお答えした、とあり、

その後、式部が渡殿の局に寝た夜、
訪ねてきた道長にしつこく戸を叩かれ、
恐ろしくて、諦めて帰るまで
音もたてずにじっと過ごした、
とございます。

また『尊卑分脈』に
紫式部は「御堂関白道長妾」
との記述があることなどなどから

紫式部と道長の関係は
古くからあれこれ憶測されております。

藤原道長の正室倫子は
道長の二歳年長。

道長にとって倫子との縁は
俗に言う「逆玉」でございました。

この年、寛弘五年、西暦一千八年、
紫式部は推定三十歳代半ば、
対して倫子、四十歳代半ば。

お二方いずれも、
当時としては年増大年増の域でいらっしゃいます。

「とりわきて、いとよう老のごひ捨て給へ」
と嫌味たっぷりの倫子に
「花のあるじに千代はゆづらむ」
と謙虚を装いつつ負けん気の紫式部、
と読めないでもありません。

あれこれ想像するに
穏やかならぬ重陽の節供
であったようでもございます。

皆様には穏やかに
菊の香りで老いを拭い去り
麗しき千代の寿命をご享受あそばされますよう。

2019年7月 7日 (日)

星合

天の川あふぎの風に霧はれて 

空すみわたるかささぎの橋

                                清原元輔


グレゴリオ暦の七夕では

逢瀬もままならず。


織姫彦星にはお気の毒なことですが

皆様にはどうぞ

ハッピーな一日を。


おはようございます。

2019年6月20日 (木)

丹生女王

百花が競い咲き、風が若葉を揺らしていた五月、あふれる光のもとに迎えた令和の御代でございました。

時は早六月も半ばを過ぎ、梔子の甘い香りがそこかしこに漂い、紫陽花が街をやさしく彩っています。

「令和」の典拠とされたことで、万葉集が広く親しまれるきっかけを得たのは、まことに悦ばしきこと。大宰帥大伴旅人卿もいきなりメジャーになられました。 

さて、その大伴卿と文のやりとりをしていた京人に丹生女王(にうのおおきみ)なるおんかたがいらっしゃいます。

「おおき」と「やま」の違いはあれど、私ことかねてよりこのかたに親しみを覚えておりました。

丹生女王が大伴旅人卿に贈った相聞歌二首、雑の歌一首が万葉集にございます。
 
まずは、巻四、丹生女王大宰帥大伴卿に贈る歌二首から。

天雲の そきへの極み 遠けども 心し行けば 恋ふるものかも
(五五三)

あなたは雲の果てのはるか遠くにいらっしゃいますけれど、心だけははるか遠くまでも行くので、こんなにあなたが慕わしく思えるのでしょうか。

大宰府赴任当時の旅人卿は六十代。丹生女王も同世代との説あり。人生百年時代の認識とは異なり、ともになかなかの熟年ではいらっしゃいますが、「老いらくの恋」のニュアンスは感じられません。「恋ふ」は現代の「恋する」よりも幅のあることばで、「懐かしい」「慕わしい」思い。同性にも、さらには事物にも使われています。

古への 人の食(め)させる 吉備の酒 病めばすべなし 貫簀(ぬきす)たばらむ (五五四)

あなたがお送りくださった吉備のお酒で、病んで苦しゅうございます。次には休むための竹の敷物をくださいませ。

大伴卿の贈った吉備のお酒は清酒だったのか、濁酒だったのか。いずれにしても丹生女王は少々過ごされたご様子です。いつの時代もアルコールはほどほどがよろしいようで。

そして巻八、丹生女王大宰帥大伴卿に贈る歌一首。

高円(たかまど)の 秋の野の辺の 撫子の花 うら若み 人のかざしし 撫子の花  (一六一〇)

高円の秋の野に咲く撫子の花。若くみずみずしいので、人が手折って髪に挿した撫子の花。 

このお歌、橘千蔭著『萬葉集略解』によりますと、「なでしこを我身にたとへ、人とは大伴卿をさして、若かりし時にめでられし事も有しをといふ也」。かつては燃えた恋を、今は穏やかに戯れてみせる、おとなの歌でございます。

さらに。「初春の令月にして、気淑く風和ぎ」であまねく知られることになった大伴卿邸での梅花の宴、ここで詠まれた歌三十二首が巻五に収められていますが、同じ巻五に収められた贈答歌についても、お相手は丹生女王ではという説がございます。

巻五、大伴卿の二首から。

竜の馬(ま)も 今も得てしが 青丹よし 奈良の都に 往きて来むため (八〇六)

竜の馬を、今こそ得たいものです。あなたに逢いに奈良の都に急ぎ行って帰ってくるために。

現には 逢ふよしもなし ぬば玉の 夜の夢にを 継ぎて見えこそ
(八〇七)
現実ではお逢いすることも叶いません。せめて夜の夢にお姿をお見せください。

答えて二首。

竜の馬を 吾は求めむ 青丹よし 奈良の都に 来む人のたに
(八〇八)

竜の馬は私がお探しいたしましょう。奈良の都においでくださるあなたのために。

ただに逢はず あらくもおほし しきたへの 枕去らずて 夢にし見えむ (八〇九)

お目にかかれずにいる日々ではございますが、せめてあなたの枕辺を離れることなく、夢でお目にかかりましょう。

打てば響くような、ウィットに富んだ、軽妙洒脱な言の葉のやりとり。洗練されたおとなの会話たるもの、かくあらまほしき、と憧れるばかりでございます。

どなたかが和歌など詠みかけてくださることをひそかに待ちわびつつ。シェヘラザードをまねて、今宵はここまで。

2019年2月 9日 (土)

梅、そして雪

咲き初めた梅の花が
寒さに凍えています。

体感気温マイナス三度って……
ぽかぽか春の陽気はどこへやら。

寒いので無精して
以下、冷凍保存しておりました
古今和歌集など紐解いた拙文を
解凍いたしましてリサイクル投稿いたします。

梅の花それとも見えず 
久方のあまぎる雪のなべて降れれば

「あまぎる」は「天霧る」。
白梅なのか雪なのか、
空を曇らせる雪が一面に降っているので、
見分けがつかない。

柿本人麻呂の歌だと言う人あり、だそうです。

花の色は雪にまじりて見えずとも
香をだににほへ人の知るべく

雪に紛れて、見ることは叶わずとも、
せめて梅と知れるように、
香りだけでも漂わせておくれ。

直情径行、野狂などと言われた歌人、
小野篁の歌。

小野篁やら、在原業平やら。
反骨の詩人こそいとをかし。

梅の香の降りおける雪にまがひせば
たれかことごとくわきて折らまし

紀貫之。

この方も、反骨の士と言えるかしら。

降リ積もる雪に香りまでが紛れてしまったら
だれが「これが梅」と枝を折ることができよう。

雪ふれば木毎に花ぞさきにける
いづれを梅とわきて折らまし

雪が降り、どの木にも
まるで白い花が咲いたよう。
どれを「梅」と知って、
手折ればよいものやら。

「木毎(きごと)」で
「梅」と洒落たのは紀友則。

さすがは

久方の光のどけき春の日に
しづ心なく花の散るらむ

の詠み手だけあり。

友則は貫之の従兄弟にあたります。

和歌を詠じ、駄洒落でも飛ばしながら
充実した三連休をお過ごしくださいませ。

2018年11月18日 (日)

花笑

大切なお茶碗に銘をとのご依頼を賜り
お茶碗を「花笑」と命名。

銘をヒントに持ち主が万葉集から探し出した
家持のお歌を蓋裏に書きました。

持ち主のお名前と私の名前の一部が
歌にこっそり隠れています。

こんなに大切にされているお茶碗が
末永く愛されることを思いつつ、
穏やかな心で優しく書けました。

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2018年11月17日 (土)

紅葉

月例日帰り上洛の新幹線。

珍しくお寝坊して
予定の電車に乗り遅れました!

後の新幹線は京都まで全席満席、
自由席は通路まで人がいっぱいで
辛うじてグリーン席確保。

乗り遅れ座る緑は紅葉に
染めける色のかざりなりけり 

皆様、今日も愉快な一日を。

2018年9月 9日 (日)

重陽

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折る袖にほふ菊の露
うちはらふにも千世は経ぬべし
             藤原俊成(新古今集) 

仙人が花を折り取る袖に菊の露が香る。
その露を打ち払う一瞬にも
千年が経ってしまうことだろう。

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